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さらに数独 [日常系]

時間があれば数独。
あっという間に一時間位経っているので、時間のない人には全く以てお薦めできない。
もっとも忙しい方は、そんなことに時間を割くべきでないということを判っているだろうが。

ところで、世の中の割り切れない問題のことである。
世の中判らないこと、はっきりしないことが多い、といったようなことをよく書いている。
矛盾するようだが、実際は、はっきりしたこと、そうでしかない、ことで成り立っていると言っても良い。
判り切ったことを、多元的なものの見方をしないといけないなどと言っていると、
おかしな話になってしまう。
それどころか、そんなことばかり言っていると、おかしな人になってしまう。
ということが正論だと思うので、
おかしな人にならないよう、くれぐれも気を付けたい。

シンプルに物事を捉えることは、自分の一つの取り柄だと思っているので、
時には自分で修正して行くよう心掛けたい。



数独&時代劇 [日常系]

「身近な非日常」こと「数独」(笑)

超難問の問題も何とか慣れてきて、
すいすいとまでは行かないのだが、時間を掛ければできる、という感じにはなってきた。

数独にばかり時間を使っていると、
時間的な価値を効率的に使っている、とは言えない状況になってしまうのだが、
問題が解けた時の達成感にはまだまだ飽きがこない。
何といっても答えがはっきりしていて、
繰り返しになるが、ちゃんと考えれば答えが出るように出来ているのが良い。
(達成感というのは一つのポイントですね)

世界ははっきりしないことや、良く分からないことだらけである。
むしろ正解は一つではないだとか、逆もまた真なり、といったことが多い。
私の場合特に、物事を多面的な見方をするべきと考えていて、
原理主義的なものの見方を良しとしないところがある。
それが自分の主義と云うほどではないが、
少なくとも今はそのような見方するようにしている。
答えの出ない問題というのは幾らでもあって、それが普通だという風に思うのだが、
「数独」のように、すっきりと割り切れるものはなかなか良い。
そういう意味で上手くバランスがとれるのである。

ところで、「非日常」であるかどうかというと、
それは違うとも言えるのだが、
日常生活という面では全く関係ないことなので、「非日常」ともいえるだろう。
その辺は、どちらともいえるし、はっきりさせるべきということでもないように思うのである。


同様に「身近な非日常」と言えるものがある。
例えば、テレビの時代劇。
これは割とはっきりと割り切れるものであるし、
時代を過去に遡ったSFとも言えるのではないだろうか。

数独ばかりやっていると、確かに日常から離れられているようだ(笑)

数独の出来具合は案外、その時の内部的、外部的コンディションに左右される。
この点もやっていて気付いたことだ。

世間の人にとってはかなりどうでもよい話であろう。



身近な非日常(実際は日常) [日常系]

久々に非日常系。

近頃「数独」(ナンプレともいうらしい)をやっています。
普段頭をフル回転することがないので、
それに没頭しているときは、「非日常」を味わえます。

肉体的な運動に例えると、腕立て腹筋みたいなものだと思いますが。
或いはストレッチでしょうか。

新聞の週末版などにも載っていますので、
試しにやってみるといかがでしょうか。

筋トレなどでもそうですが、
ギリギリの力で持ち上げる練習もありますが、
比較的無理ない位の重さの物で無理ない回数を練習する方が良い、
ということをどこかで聞いたような気がします。

ナンプレに関しても同じなのではないかと思うのですがどうでしょう。
目についた問題本が超難関レベルだったので、それを買いました。
流石に手ごわいですね。
まあ、
それなりに数をこなして、慣れて行くという方向で、数独をクリアしていきたいと思います。
すらすらできるようになったところで、何になるのか、という疑問は残るのですが(笑)


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