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JustGivingJapan [日常系]



プレスブログからの情報です。

JustGivingというサイトがあるそうです。
その日本版。
(上の画像をクリックするとそのサイトにリンクします)

JustGivingは英国で2001年にスタートした、ファンドレイジドサイト。
ファンドレイジという言葉はあまり日本で定着した言葉ではありませんが、
その説明もこのサイトに書いてありますので、参照ください。
個人などが非営利団体などの為に寄付を募ること、
(政党などの財源集めの行為についてもそう言われるようです)のようです。
そのことをファンドレイジングと云い、その行為を行う人をファンドレイザーと云うそうです。

現在、
東北地方太平洋沖地震の被災者救済へ緊急支援を実施しているとのこと。

トップページから特集ページをクリックしてみると、復興支援活動団体の一覧が見られます。
興味深いのは、ページ上部にある「ランキング」。
こちらをクリックしてみると、
チャレンジャー、サポーター、支援者団体、企業・経営者のランキングが見られます。
寄付を集めている人、寄付している人(団体)、活動の為の寄付を受けている団体など。
受ける側も、贈る側もオープンにしているところが新しいように思いました。

特にチャレンジャーというのは、自分が寄付をするというだけでなく、
寄付を募る為に活動するということですから、
そういったことも評価される時代になって行くのでしょうか。
影響力のある人なら、その人の考えに賛同しようという人もいるでしょうから。

もちろん多くを寄付している個人、団体はそれだけで十分素晴らしいことだと思いますが。


信頼できる、多くの団体が今回の大震災の為に寄付を募っていますが、
JustGivingのような形態も一つのオプションになりそうです。

寄付を集めたい団体についても、新しい手立てになるかもしれません。

今回の災害で被災者をサポートしたいという人が、多くいるということが判りました。
どのような形であれ、そういった善意を伝えられる新しい方法、ができるのは悪いことではないでしょう。
まだ日本では、このサイトはどれほど知られているか分かりませんが、
信頼されるものとして定着していけると良いですね。
何れにしても、寄付をする形態でも、このように多様化して行っている、
ということのようです。

日本の置かれている状況は、
過去の歴史で誰も経験していないところにいるのかもしれません。
そんなことも思いました。

2011年東北地方を中心とした大災害 [日常系]

被災者の方には心よりお見舞い申し上げるとともに、

お亡くなりになった方のご冥福をお祈りします。

また、

原発の事故の対応についても変わらず重大な局面が続いているようである。

生活への影響の度合いも危惧されるところであるし、大きな問題はないとしても関心事ではある。

事態が無事終息することを期待するとともに、

厳しい状況の中、対応に当たっておられる方々の無事も祈りたい。

実際、私ができることと言えば節電などのこと位であろうし、

落ち着いた生活活動が被災地への支援にも繋がることであるはずだ。

救援支援になることを自分に出来ることでサポートしていきたい。

世界全ての方の支援の心が被災者、関係者の方々への現実的な支援と勇気になることを願いたいものである。





紀伊國屋ブックウェブ [日常系]

紀伊國屋bookweb情報。

ここは海外雑誌の取り扱いがあり、時折だが利用する。
ダイレクトメールがくるのだが、選定が面白い。
以前アリストテレスか誰かの本を注文したことがあって、
その後、そのジャンルの本の紹介が来る。
例えば昨年は「正義論」(ロールズ)などの紹介があった。
NHKで放送された、マイケル・サンデルの番組に関連していたらしい。
その番組に全く注目していなかったので、何かと思ったものであった。
¥7000以上の価格の本であったりするのだが。
あとでその番組の件について知って、情報的に早いものだったのだと判った。
要するに、なかなか良い情報が届けられるのである。
自分で探しだすことはあまりないだろうという本。

昨年に来たメールでは、
「正義論 ― 改訂版」

「街場のマンガ論」

新訳ベルクソン全集
「意識に直接与えられているものについての試論」

NHK DVD 
「ハーバード白熱教室/マイケル・サンデル DVDBOX」

『カリブ海偽典――最期の身ぶりによる聖書的物語』

といった辺り。
自分では探し出さない類の本もあるので、こういう情報は案外役に立つものです。
まあ、何の役に?ということもあるのですが、情報としては良いものです。

実際に買っているのは、
ファンタジー・ベースボールの特集の雑誌であったりするのだが、
そちらについての紹介のメールは来ない。これはいかなるものであろうか(笑)


一方、利用することの比較的多いAmazonだが、こちらからくるメールは、
案外参考にならないものもある。サイトでの紹介は良いのですが。
何れにせよ、価格やその他商品の品揃えで、優勢を保っているのでしょうが。


ところで、
これは紀伊國屋ブックウェブのサイトを見ていて面白かったので。
http://www.kinokuniya.co.jp/nb/bw/special_products/tetsujin_28go/detail.html?type=%77%68%61%74%27%73%5F%6E%65%77
「カラー版 鉄人28号 限定版BOX」
世代的に違うのだが、有名ですからね。
でも興味の問題もあるのですが、全く知らない情報でした(笑)

ネット書店は品揃えは、ほとんどすべてを網羅しているが、
リアルな書店は、店によって品揃えが違い、面白い。
この辺りが、書店の良さであり、書店に足を運ぶ価値があるという理由だろう。

自分の中でも、いくつかの本屋は情報源になっている。
紀伊國屋、三省堂、丸善など大手書店はもちろんだが、
その他各書店ともネット書店に対抗するべく、惹きつける努力をしているのは、
顧客に満足を与える。

電子書籍の登場も、書店の世界に影響を与えるだろうが、逆に注目を集めることもありそうだ。
「書を捨てよ、町へ出よう」
という言葉もあるが、「書を探しに、町へ出よう」などという書店の宣伝もありそうだ。
今や「電子書籍端末を持って、町へ出よう」もあるでしょうか。

私はネット書店でも、リアルな書店でも購入していますが、
どちらかに決めるという問題ではない、とは言うまでもないことです。
電子書籍は、液晶画面を見る時間が増えることになるのは、どうかなという感じです。
紙の本が好きですので。
でも、もちろん端末自体には興味津津ですが。
この手のものは時期が過ぎると改良されて、更によいものが出る、
というのは毎度のことですし。

(数日前に一度公開したものを一部書き換えて、再度公開としました)

さらに数独 [日常系]

時間があれば数独。
あっという間に一時間位経っているので、時間のない人には全く以てお薦めできない。
もっとも忙しい方は、そんなことに時間を割くべきでないということを判っているだろうが。

ところで、世の中の割り切れない問題のことである。
世の中判らないこと、はっきりしないことが多い、といったようなことをよく書いている。
矛盾するようだが、実際は、はっきりしたこと、そうでしかない、ことで成り立っていると言っても良い。
判り切ったことを、多元的なものの見方をしないといけないなどと言っていると、
おかしな話になってしまう。
それどころか、そんなことばかり言っていると、おかしな人になってしまう。
ということが正論だと思うので、
おかしな人にならないよう、くれぐれも気を付けたい。

シンプルに物事を捉えることは、自分の一つの取り柄だと思っているので、
時には自分で修正して行くよう心掛けたい。



数独&時代劇 [日常系]

「身近な非日常」こと「数独」(笑)

超難問の問題も何とか慣れてきて、
すいすいとまでは行かないのだが、時間を掛ければできる、という感じにはなってきた。

数独にばかり時間を使っていると、
時間的な価値を効率的に使っている、とは言えない状況になってしまうのだが、
問題が解けた時の達成感にはまだまだ飽きがこない。
何といっても答えがはっきりしていて、
繰り返しになるが、ちゃんと考えれば答えが出るように出来ているのが良い。
(達成感というのは一つのポイントですね)

世界ははっきりしないことや、良く分からないことだらけである。
むしろ正解は一つではないだとか、逆もまた真なり、といったことが多い。
私の場合特に、物事を多面的な見方をするべきと考えていて、
原理主義的なものの見方を良しとしないところがある。
それが自分の主義と云うほどではないが、
少なくとも今はそのような見方するようにしている。
答えの出ない問題というのは幾らでもあって、それが普通だという風に思うのだが、
「数独」のように、すっきりと割り切れるものはなかなか良い。
そういう意味で上手くバランスがとれるのである。

ところで、「非日常」であるかどうかというと、
それは違うとも言えるのだが、
日常生活という面では全く関係ないことなので、「非日常」ともいえるだろう。
その辺は、どちらともいえるし、はっきりさせるべきということでもないように思うのである。


同様に「身近な非日常」と言えるものがある。
例えば、テレビの時代劇。
これは割とはっきりと割り切れるものであるし、
時代を過去に遡ったSFとも言えるのではないだろうか。

数独ばかりやっていると、確かに日常から離れられているようだ(笑)

数独の出来具合は案外、その時の内部的、外部的コンディションに左右される。
この点もやっていて気付いたことだ。

世間の人にとってはかなりどうでもよい話であろう。



身近な非日常(実際は日常) [日常系]

久々に非日常系。

近頃「数独」(ナンプレともいうらしい)をやっています。
普段頭をフル回転することがないので、
それに没頭しているときは、「非日常」を味わえます。

肉体的な運動に例えると、腕立てや腹筋みたいなものだと思いますが。
或いはストレッチでしょうか。

新聞の週末版などにも載っていますので、
試しにやってみるといかがでしょうか。

筋トレなどでもそうですが、
ギリギリの力で持ち上げる練習もありますが、
比較的無理ない位の重さの物で無理ない回数を練習する方が良い、
ということをどこかで聞いたような気がします。

ナンプレに関しても同じなのではないかと思うのですがどうでしょう。
目についた問題本が超難関レベルだったので、それを買いました。
流石に手ごわいですね。
まあ、
それなりに数をこなして、慣れて行くという方向で、数独をクリアしていきたいと思います。
すらすらできるようになったところで、何になるのか、という疑問は残るのですが(笑)


個人主義 [日常系]

真面目に書けば書くほど、おかしな感じになっている。
それは置いておいて。
「国益」について記述した際に、
「個人主義」について触れたのだが、内容が混乱していたので、
まとめてみようと思う。
(余計混乱しないようにしたい)


まず、個人主義の前に。
国家や企業(などの組織)に属するものとして、その利益と
自分の別の属性(思想信条、民族、地縁血縁、社会的共同体などなど)の利益で、
それらが同様でない場合があり得るだろうが、その場合はどうなのか。
実際には個人も組織もそれぞれ折り合いを付けているのだろう、
と推測するが。


そして、
このような共同体の一員であることとは別に、或いは逆に、
個人主義という立場がある。
これは個々の人格の独立が求められるのである。
この考えには私個人として理解できるものである。

自分なりの解釈だが、
それが実現するには個人が個人としてのみ存在するのではなく、
逆に個人同士の結びつきが重要であると考える。
例えば、やはり人と人は支えあって生きていくような。
そのときには、あらゆる属性を超えての結びつきの可能性がある。

矛盾するようであるが、
属性の枠組みからは自由だが、その属性を否定するものでもない。
と言っていることになる。
人と人(人と組織)の結びつきの「距離感」に対する考え方の問題とでも言おうか。
そう言った、個人主義が許されないのであれば、
それは極端に言えば、原理主義的なものになるのではないか(否定的な意味で)。
また、ここで言っている個人主義も原理主義的なものではない。


というようにまとめてみたが、
上手くまとまっていないし、余計こんがらがってしまったのである。


国益 [日常系]

前回の自分の記事を読んで思ったことであるが、
私は具体的な社会、政治問題には言及しない方が良さそうである、
と自ら思ったというのが本音である。
(余計なこと言ったかな、という感じもある)

つまり、
言っていることのどこが間違っている?なんていうことを言うつもりは全くない。
思いなおす部分もあるし、自分にしては大胆なことを書いている。
他者を攻撃するのは意図するところではないので、
誤解があれば、それを解いて理解していただくとして、
自分の意見を持つことは良いのではないかとは思う。

ところで、
「国益」について。
こういう言葉自体はどうか知らないが、概念はアメリカ発のものであるだろう。
近頃日本で使われる「国益」についてであるが。
自国の利益についてあからさまに主張することであるから、
日本的ではないように思う。(使わない方が良いという意味ではなく)
であるけれど、この言葉は意外とあらゆる局面で便利に使われることが多い。
ただ、
解釈を大きくしてしまうと、これを大義名分にいろんなことが可能になってしまいそうで、
良くないこともありそうだ。
実際は、政治家や官僚などの仕事は「国益を守るため」にやっているのであって、
単に言葉の問題であると言えばそうである。
「国益」というと大層に聞こえるかもしれないが、「国民の生命と財産を守る」などといったら、
まさにその為に働いていると言っていいだろう。
そうではなくて自分の利益の為、であったら問題になるだろう。
そこが最近問題になっている、霞が関云々ということなのだと思うが。
給料をもらうのだから、そこは自分の利益の為であるが、そこはこの文脈では別問題として。


そこで、
気になるのは、(ある意味とても重要)、国益と個人の利益の問題である。
国というのは一つの枠組みであって、例えば自分の信条とする思想や宗教も一つの枠組みである。
民間の会社などでも同じだが、会社の利益(金銭的にな利益だけでなく)、国益より個人の信条が優先されるという考えの人もいておかしくはない。
その辺りのことはどうなのだろうか。

私の考えとしては、
国や思想信条が違っても、それを超えた個人的なレベルでの結びつきは存在すると思う。
所謂個人主義である。(と思っているのですが)

個人と組織、国という枠組みまで広げてしまったが、
そこは時に相反する利益関係にあるものだ。

この件に関しては、
会社員であった自分としては組織の中の人間であったので、
個人主義的価値観に触れたときには非常にあっているように感じた。
例えば人と人は支えあって生きていく、のような。
とはいえ、もしかしたら個々の背景(宗教や思想に限らず、民族、地縁血縁など)にあるものが影響していることも考えられるのだが。
つまり個人主義といったからといって、集団的なものには接触しないということはないのである。
組織としてそういうことが許されないと言うなら、
それは原理主義みたいなものではないだろうか。

では国益の件に戻るが、
国という枠組みは不要かというと、そうではなく、それができてきた(歴史的な)経緯があったはずである。
であるからそこに国民が同意して国が成り立っている。
現代では王様が君臨しているのではなくて、民主主義という形で。
実際に民主なのかどうかとか、別の政治体制もあるという意見もあろうが、そこは別の議論である。

個人と組織はあるときには相反し、あるときには利益を同じくするものであろうが、
そのようなことは私にとって一つのテーマである。


(10/26 追記 個人主義について混乱しているので、別に記す。)


領土問題の件 [日常系]

近頃問題になっている領土関係について。

外務省、自民党が、
グーグルマップの表記に訂正を申し入れたという件について。
(なぜグーグルマップにツッコミを入れるのかという問題もあるのだが)

グーグルは拒否する意向を示したと、環球時報が伝えたとのこと。
http://news.searchina.ne.jp/disp.cgi?y=2010&d=1015&f=national_1015_219.shtml

なんで拒否するのか教えていただきたいものだが、
それも一つの判断なのでしょう。

国民の意識も知りたいので、世論調査でもやってみると良いと思うが。
案外、「あげちゃえば」だったら笑うけど。
「あげちゃえば」っていうのも、もともと日本のものだったって言っている訳で、
だとすれば、変な言い方のように思われます。

今回の件は、環球時報の記事であるし、
グーグル=アメリカ政府の対応ではないので、極論は避けるべきだとは思いますが。

領土問題って、防衛省マターなんですか?外務省マターなんですか?
ちゃんと外交で解決してもらいたいものです。
ここが日本の生きる道、みたいな感じじゃないでしょうか。
明らかに日本の不得意分野のようですけど。


さて、
以下あくまでも暴論として。
(そりゃないでしょ、というスタンスで読んでいただければ)

日本も外交政策改めて、
日米同盟やめて、中国と仲良くなっちゃえばいいのに(笑)
これで簡単に解決!
政治、社会制度的には合わないから、全面的には無理だと思うが。
(こっちがよくても中国に断られることもありえるけど・笑)
米軍に駐留していただく必要も無くなるし。
案外いい機会ですね(笑)

「中国にあげちゃえば論」の方に同意とまでは行きませんが、
いっそのことそこまでダイナミックにいってしまうというのも、いいのでしょうか?
「あげちゃえば論」の人はもしかしたら、
タカ派的なのを嫌っている、
或いは、
日本の国益に無関心な人(例えば外国人とか反日の日本人?とか)なんじゃないかとも推測されるけど。

ちなみに、
私自身はかなり穏健な方ですので。

ただ、個人的には欧州に永住して、国籍も変わって良い位に思っているので、
(そうできればですけど)
あまり日本に執着はないのである。幸い独身ですし。
無茶を言っているようだが、実際そう思っています。
日本に居ても、韓国だか北朝鮮にいるんじゃないか、
みたいな感じしますし。
だからと言って、私は何も言うべきでない、ということにもならないとは思います。



Visaデビットカード [日常系]

先日はクレジットカードの件についてお知らせしたが、
今回は
Visaデビットカード



こちらはクレジットカードとは違い、
銀行などの口座から、その都度直接引き落としとなるので、
(つまり「即時決済」)
口座残高を超えての使い過ぎという心配は(原則)ないですね。
後日、ご利用履歴をWeb上で確認できるサービスも提供されているそうですから、
自己管理し易いですよね。

クレジットカードは所謂クレジットですので、利用限度範囲内であれば、
引き去り口座の残高とは関係なく使用できます。
つまり口座残高を超えて使用することができるのですが、
使い過ぎてしまう、ということもありますから、
良し悪しがあります。

デビットカードに関しては口座残高が原則、利用限度ということですので、
利用額の管理の心配は減りますし、
Visaの各種のサービスの恩恵を受けることはできるという利点があります。


デビットカードでこんなときに使いたい、
というのを挙げると。

現金の持ち歩きを減らすことができるので、
手持ちの現金が少なくなった場合にも、引き出しにATMまで行く必要がなくなりますので便利ですよね。

後は、海外などでも利用用途は多いでしょう。
Visa加盟店であれば、キャッシュレスで支払いができますし、
現地の通貨が必要な場合でも、日本のATMで引き出しするように、
現金を引き出すことができますので、便利さを実感できるでしょう。

クレジットカードで現金を引き出す場合には、キャッシングになりますので、利子が付いてしまいます。

また、
例えば海外などで滞在期間が比較的長く、
生活資金などが必要な場合にも便利でしょう。
(多額の現金を海外で持ち歩きずらいでしょうから)

日本の引き去り口座(決済口座)にお金が入金されれば、
現地の銀行に口座を開き、送金するような手間が不要になります。

他には、
利用金額に応じて、キャッシュバックや特典ポイントが付与される、
というのもメリットですね。


デビットカードを持った時に使いたいシーンは案外ありそうな気がします。

詳しくは以下のリンク先などをご参照ください。

http://www.visa-asia.com/ap/jp/cardholders/cardsservices/visa_debit.shtml






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